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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(し)51号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

弁護人飯田幸光、同土生照子、同荒川晶彦の特別抗告の理由について。

本件抗告理由のうち、憲法三二条、三七条違反をいう点は、その実質は、単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四三三条の抗告理由にあたらない(なお、原決定が適法に確定した事実関係のもとにおいては、弁護士飯田幸光が申し立てた所論控訴申立は、無権限者のしたものとして不適法であり、控訴提起期間経過後に同弁護士を弁護人に選任する旨の届出が追加提出されたとしても、これにより右控訴申立が適法有効なものとなるものではないとした原決定の判断は正当である。)。

よつて、同法四三四条、四二六条一項により裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 大隅健一郎 藤林益三)

〔参考〕原審決定理由

よつて被告人に対する業務上過失傷害被告事件の本案記録ならびに当裁判所の事実取調の結果に基き検討するに、同被告事件について東京地方裁判所は昭和四五年一月二三日被告人を禁錮一〇月に処する旨の判決を言い渡し、被告人は原審弁護人ではなかつた弁護土飯田幸光に控訴審の弁護をあらたに依頼し、同弁護士は適式の控訴申立書(弁護人飯田幸光名義)および弁護人選任届をいずれも同年二月六日付で作成し、同弁護士事務所の事務員横須賀昭に対しこれを一括して原審裁判所に提出するよう指示したところ、同事務員は控訴提起期間の最終日である同年二月六日午後四時頃右控訴申立書を東京地方裁判所刑事部事件係に提出して受理されたが、右弁護人選任届はこれを弁護士事務所に置き忘れてきたため、翌二月七日午前一〇時ごろに右同事件係に持参提出して受理されたことが認められる。

本件異議申立の基本となる主張は要するに、本件の如き場合には、きわめて軽微な事務的瑕疵があつたに過ぎないから、控訴棄却の裁判がなされる前にその瑕疵を補充することによつて、さきの控訴申立行為を遡つて有効とする、いわゆる補正的迫完が認められるべきであり、本件控訴は控訴提起期間満了の翌日に弁護人選任屈が受理されたことにより完全に有効となつたから、本件控訴棄却決定は失当である、というのである。

よつて案ずるに、上訴申立は裁判の確定を遮断しあらたな審級を開始せしめる等、きわめて重要な効力を有し、裁判所および相手方当事者にとつても重大な影響をもつ訴訟行為であるから、上訴申立の権限、期間および方式に関する法規はつねに厳格に順守されることを要する。弁護士飯田幸光は本件被告事件の原審弁護人ではないから、控訴申立をするには控訴申立書とともに弁護人選任届を裁判所に提出すべきところ、前記のような事情によつて控訴提起期間を徒過したのであるから、かかる控訴申立は無権限者による控訴申立であり、前記の訴訟行為の厳格性の要求にかんがみれば、本来、無効のものといわなければならない。

一般に訴訟行為の追完は、当該行為の効力発生に必要な要件がすべて完備した時から有効となると解すべきで、いわゆる遡及的追完は認めるべきでない。しかも、上訴提起期間経過後に適法な上訴申立がなされうる(追完が認められる)のは、上訴権回復の許される場合に限ると解すべきである。けだし、刑事訴訟法がとくに上訴権回復の制度を設けたのに、上訴申立という訴訟行為が前記のようにその資格、期間、方式等について特段の厳格性を要求されることにかんがみ、上訴権者またはその代人の責に帰すべからざる期間経過による予想外の不利益をとくに救済するためであつて、それ以外の場合には追完、補正を許さない法意とみるべきだからである。したがつて、本件の弁護人選任届が控訴提起期間満了前に提出されたとすれば、その時に適法な控訴申立があつたものとされる余地があるけれども、本件はすでに右の期間を経過した後であるから、もはや追完は認められないものというべきである。

所論は、一般に弁護人選任届は裁判の時までに追完しうるとして、最高裁判所昭和二九年七月七日大法廷判決(集八巻七号一〇五二頁)を援用する。けれども、同判例が弁護人選任届は裁判の時までに追完しうるとしたのは、すでに被告人または原審弁護人によつて適法に上訴申立がなされていることを前提としているのであつて、本件のように上訴申立が無権限者によつてなされ、弁護人選任届の提出じたいが上訴申立の適否を決する場合については、右判例の関知するところではないと解すべきである。また、上告趣意書、控訴趣意書の差出という訴訟行為は、当該審級内における訴訟手続の一環であつて、その差出期間の順守に関し刑事訴訟規則第二六六条、第二三八条の規定が設けられていることによつてもうかがわれるように、比較的ゆるやかに解する余地があるものであるのに対し、上訴申立は、前記のとおり、いわゆる訴訟行為の厳格性、明確性で最も強く要求されるものであるから、右判例の事案を本件と同日に論ずることはできず、右判例の趣旨を本件の場合に類推適用することは適当でない。したがつて、弁護人選任届の提出による控訴申立の追完を認めなかつた原決定が右判例に違反するとはいえない。〈以下略〉

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